こころの風景

午睡

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むしゃくしゃしていた。湧き上がる何かを処理する方法を私は知らなかった。妙にからだがだるかったこともあって、ベッドに横になると決め込んだ。愛用している枕の「ぽんた」は、息子の小さいベッドにある。ぽんたを移動させるのも面倒だったので、そのまま息子のベッドに転がり込んだ。すぐさま、猫が後を追いかけてくる。ああ、そういえばこの子たちは私がうつで横になっている時も、必ずすぐそばで一緒に寝ていたのだった。

iPhoneは音楽を垂れ流したままだ。ポルノグラフィティのテンポの速い曲がシャッフル再生されている。それを止める気力もないままうっすらと目を閉じ、虚無が私を包み込むのを待った。

………

真っ暗だ、いや、暗いのかどうかも分からない。ただ何もない、足元にも何も見えない。いや、自分のからださえ見えない。私がいない。虚無。草原は、空は、どこに行ったのか。ただ何もない。

まぶしい、電気を消していなかった。別にそのままでもよかったけれど、落ち着かないような気がして重いからだを持ち上げて電気のひもに手を伸ばす。カチン。常夜灯になった。バタンと音がする。私がベッドに倒れ込んだ音だった。いつ起きるかわからない。アラームもセットせず、思う存分寝ることにした。今の私にはそれが許されている。なんて言ったって療養中だから。

髪の毛が気になった。せっかくセットしたけれど、寝たら崩れるかな。まあいいや、いいんだ、なんせ私は今から寝ると、そう決めたんだ。何も気にすることはない。虚無に身を任せて、落ちていけばいい。

浅い眠りだった。

たくさん夢を見ていた。ほとんど忘れてしまったけれど。タワーマンションの隣にそこそこな規模のマンションがあって、そこに賃貸で住んでいるという夢を見た。

夢の中で、私たち家族の住む部屋は最初312号室だった。ところが、ある日変な噂を耳にする。「この辺りはもう駄目だ、雇用も少ない」街に何が起こっているのか、考えながら帰宅すると、312号室はもぬけの殻で、誰かが引っ越しをした後のようにきれいさっぱり何もなかった。えっ。表札を見る。312号室。私たちの家だ。現実にはいない娘がヒッと悲鳴を上げる。どうなってる。考えろ。いや、ちがう、私たちが住んでいたのは。記憶をたどる。思い出せ。405号室。そうだ、405号室ではなかったか。でも家族全員が、私たちの家が312号室だと思い込み、こうして何もない部屋の前にいる。私は走って階段を駆け上がる。405号室はどこだ。そのマンションの中にはフードコートのようなものがあった。そして厨房、大浴室。まるで病院か老人ホームみたいなつくりだ。405号室はフードコートと厨房のあいだにあった。あった。じゃあ、なぜ私たちは312号室を自分の家だと思い込んだのだろう。「この辺りはもう駄目だ」という変な噂を思い出す。なぜ駄目なんだ。いや、駄目なら駄目で、地価も下がるはずだ。そうなったら、賃貸ではなく分譲でこのマンションを購入もできるようになるのかもしれない。ローンは組めるだろうか。

ワアワアと騒ぐ声が聞こえる。1階のロビーにおりる。住民はみな変な噂のことを知っているようで、どこか絶望的な顔をしている人が多かった。中年の男性が声を上げる。火事が起きた。3階から出火している。それに答えるように、別の人も言う。私たちの部屋が燃えてしまったから、だから燃え広がったんだ。気がつくとマンションは全焼していて、廃墟を前に近所の駐車場に住民がぽつりぽつりとたたずんでいた。そんなこと、させるか。私は走り出した。ときがさかのぼった。火事だ、と声が上がる。3階だ。階段を駆け上がる。消火器はどこだ、と怒鳴り散らしながら。2階の踊り場にある消火器をつかみ、3階に乗り込む。一室が燃えていた。まるで市営住宅か何かのような間取りだった。消火器のピンを抜いて、炎にホースを向ける。消火器は10秒くらいしかもたないはずだ。でも私が手にした消火器は魔法の消化器とでもいうべきか、何度でも、何分でも噴射し続けることができた。夢の中で、10秒、という制限時間が適用されていれば、またちがう結末を迎えたかもしれない。

炎は風に乗って別棟の2階に移っていた。消火器を抱えて走る。1階まで一度おりて、別棟に向かい、階段を駆け上がる。既に別の誰かが消火器のホースを向けていた。野次馬に「逃げろ」と怒鳴り、自分もまた消火器のホースを向ける。ひとところの消火が終わっても、また少し離れたどこかに燃え移り、それを消すために移動することを繰り返していた。消防車は来ない。これは私の物語だ。私が活躍する物語に強い存在は必要なかった。ただ結局、奮闘むなしく火事は全焼から半焼に変わった程度で、とても引き続き住み続けるのは困難なように思えた。私たちは賃貸だからいい、でも他の人たちは…。

14時を回っていた。充電器に繋いでいたはずのiPhoneはバッテリーが残り少ないことを訴えていた。”たまにはもっとセンセーショナルな変化を求めてしまえばいいさ、刺激的すぎるほど安住”。ポルノグラフィティの曲が流れている。曲の再生を止めて、起き上がる。昼食を食べなければ。ベッドから降りて、冷蔵庫の扉を開けた。寝る前に入れておいたコーヒーは程よく冷えていた。朝から使っているマグカップにガラガラと氷を入れて、コーヒーを注ぐ。5時間は寝たか。寝起きは良かった。マグカップを片手にベランダに向かう。コンクリートに切り取られた空は、雲ひとつない快晴だった。

丘の上の、草原が見える。快晴だ。遮るものは、何もない。

スッキリした気分で、財布をつかみ、コンビニに向かった。

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