こころの風景

朝のこと

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子ども用の小さいベッドで息子とぎゅうぎゅう詰めになって寝る日はどうもぐっすり眠れない。けれどまだ幼い彼にとって眠る際に母親がいないことは一大事で、私が寝苦しさのあまり大人用のダブルベッドに移動しても夜目覚めた彼がわざわざ私のいる大人用のベッドまでやってきて、私の上で寝るということもしばしばあった。眠剤を飲んでいる私は上に息子がずっしりとのしかかっていても目が覚めることはなかなかないけれど、朝起きてよく眠れた感じがしないのは当たり前だろう。

前の仕事には宿直勤務があった。何かが起きた時のために会社に泊まり込んで、何かが起きた時には対応するのだけれど、4回経験した中では結局何事も起こらず朝までぐっすり眠ることができた。その宿直室のベッドは折り畳み式の簡易なもので、布団を押し入れから出して自分でクリーニングされたばかりのピカピカのシーツを敷いて使う。分厚いマットレスがあるわけでもなく自宅のベッドよりも固い、にもかかわらず宿直室では私は眠剤を飲まなくても自然に夜22時に寝入ることができ、中途覚醒することもなくしっかりと熟睡して朝を迎えることができた。

その宿直室での経験を考えると、私の不眠の原因には少なからず自宅の環境に原因があるように感じる。ぎゅうぎゅう詰めになって寝るのも、しばしば息子や夫が私の上に足をのせたり、息子にいたっては悪夢を見た時に私の上に乗って寝るというのも、寝苦しさを助長する大きな要因だろう。

セットした覚えのないアラームが毎日5時40分に鳴る。私は寝ぼけまなこでそのアラームを切り、二度寝に入る。うつらうつらしている間に「起きなければ」という気持ちになってくる。意を決して目を開け、子ども用ベッドから慎重に抜け出し、ソファでバナナをほおばる。

バナナはここ2週間くらい続いている毎日の朝食だ。健康にいいような気がするし、体重がわずかに減り始めたのはバナナのおかげではないかと思っている。なにより、朝食べるにはピッタリの甘さと食べ応えなので気に入っている。いつまでこの食生活が続くかは想像できないけれど。

ねっとりと黒いペットボトルのコーヒーを、氷の入ったマグカップにそそいで、牛乳を少し入れる。完成したアイスコーヒーを片手に、ベランダに出て煙草を一本取り出す。チュンチュン、とスズメの鳴き声が聞こえる。セミはもうすっかり隠居したようで、どこかひやりとする空気は名古屋にしては早い秋の訪れを告げているようだった。

本日は快晴なり。

ガラガラ、と音がする。耳だけで追うと、どこかの誰かが空き缶を捨てているらしい音だった。今日は…今日は燃えないゴミ、資源の日だ。

私は資源の日に空き缶を出したことがなかった。というのも、近所には「指定日以外にゴミ捨て場に資源を置いても、すぐに引き取ってくれる親切なおじさん」が何人か住んでいるからだ。ホームレス支援のボランティアに携わったことがあり、空き缶が彼らにとっては貴重な収入源のひとつであることを知っているので、週に1回の資源の日を待つよりも、少しでも彼らの糧になるよう思いながらありがたく利用させてもらっている。町内会長が知ったらいい顔をしないだろうな、と思いつつ、すべては夜のうちに行われるので知るよしもないだろう。

煙草の火をもみ消して、マグカップに残った最後の一一口を飲み干すと、そこではじめて目が覚めるような気がする。今日も朝が来た。今日も一日が始まる。今日は何日だっけ。今日は天気がいい。シャワーを浴びなきゃ。コーヒーがもうすぐなくなる。氷もない、製氷機に水を入れないと。乾燥機を回さなきゃ。…。

テーブルの上に置いてあるアロマディフューザーがシュー…と蒸気を出し続けていた。一晩中LEDを光らせながら動いていたのだろうか。確か、連続稼働時間は8時間だったはずだ。水の量も思ったほど減っていなかった。周囲にベルガモットの香りをふりまいているわけでもなく、ただシューシューと蒸気を上げている。不良品ではないか、と蒸気に顔を近づけると、ベルガモットの香りがふわりと鼻腔をついた。よかった、不良品ではないらしい。多分アロマオイルの量が少なすぎたとか、そういうわけだろう。水位が半分ほどになったそれに水とアロマオイルを足して、運転ボタンを押した。心なしか先ほどよりも香りが強くなっているような気がする。プラセボだ。

シャワーを浴びなきゃ。

さっきの考えがまた降ってきた。起きてから1時間たっていた。シャワーを浴びて、念入りに化粧をして、髪をヘアアイロンでクルクル巻いて、マニキュアがきらきら光る爪にトップコートを塗り足して。そして息子を起こしたらひとりの朝の時間は終わる。朝食を食べるよう促しているうちに夫がアラームで起きて、そのままシャワーを浴びる間に私は息子を学童に連れていくルーティンが待っている。

それからは…。

その後が問題だった。やるべきことはある。アロマディフューザーはシューと蒸気を出している。猫がベッドから降りてきた。それからは、どう過ごすか。

草原はいつも通り何もない。快晴だ。視界をさえぎるものは何もない。

昨日は昼寝をしていなかったっけ。

重い足取りで浴室に向かう。服を脱いで体重計に乗る。減っている。ささやかで確かな喜びを感じる。浴室の扉を開けて蛇口をひねった。冷たい水がシャワーヘッドから勢いよく飛び出して、それが温かくなるのを待つ。鏡越しに背中を見ると、プールの後遺症の日焼けがポロポロと剥がれ落ちて新しい皮膚が顔をのぞかせている。手を伸ばすが届かなかった。自然に皮膚が剥がれ落ちるのを待つしかないようだ。

ベランダに出たときに見た、コンクリートで切り取られた空を思い出した。夏の終わりを感じさせる白い雲がいくつか浮かんでいたけれど、快晴と言っていい空だった。タワーマンションは相変わらず堂々と窓を光らせていた。

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