こころの風景

ある日のこと

投稿日:

卓上にはAmazonで購入したばかりのアロマディフューザーがシューシューと音を出しながら蒸気を上げている。5滴ほど垂らしたベルガモットはその量ではあまり意味がなかったらしく、私の鼻腔には届かなかった。

椅子から立ち上がり、冷蔵庫の中にあるコーヒーを取り出して、朝から何度そそいだかわからないマグカップを左手に持つ。ガラガラと氷を入れてコーヒーのペットボトルを傾けると、トットット…と小気味よい音を立てて真っ黒な液体がマグカップを満たしていく。

インスタントコーヒーが切れたその夜に、夫が会社から「貰った」と言って持ち帰った微糖のコーヒーは、普段家で飲む、あるいはコンビニで買うコーヒーよりもなぜかねっとりとどす黒かった。

黒い液体で満たされたマグカップをもち、私はベランダへ向かう。カーテンをくぐり窓を開けて、煙草に火をつけた。

ああ、死にたい。

ベランダは1.5メートルほどのコンクリートで覆われていて、座って煙草を吸う私の目に映るのはそのコンクリートに切り取られた青空と電線、そして近所のタワーマンションだけだ。今日は風が強い。台風でも来るのか。そんなニュースを見たっけな。そもそもテレビをつけないのに台風のニュースを見かける機会などないけれど、私はぬるい風を感じながら記憶の中の天気予報を探る。

今日は確か、雨の予報だったはずだ。朝は確かに降っていた。目が覚めた6時頃は。息子を学童に送り出すころには、路上も乾き始めていて、その後は晴れときどき曇り、といった天気だったように思う。少なくとも、雨が降る音や濡れた路上を走る車の音は聞いていない。

見てもいないし、聞いてもいない。煙草の合間にコーヒーに浮かんだ氷をガリガリとかじりながら、こうするのは今日何度目だろうと考え、記憶をたどる努力すらせずに考えをやめる。

草原にポツリといる。空には何もない。

時折吹く風に草原の草がサラサラと音を奏でる。

ああ、死にたいな。

タバコの火を消して、残っていた甘ったるいコーヒーを飲み下す。甘いものを飲むともう一本吸いたくなるな。今日何度浮かんだのかわからない思いを抱きつつ、空になったマグカップを持って立ち上がり、部屋に戻る。

アロマディフューザーはあいかわらずシューシューと蒸気を上げていた。テーブルの上にマグカップを置くと、パソコンの前に座り、画面を開き、手が止まる。

マニキュアを塗ろう。

一週間前にドラッグストアで買ったマニキュアは毒々しいピンク色だった。2~3日はそれにラメだけのマニキュアを重ね塗りしていたけれど、どうも納得がいかず、除光液で消しては塗って、を繰り返していた。そうしている内に、爪の表面がささくれだってきたので、またドラッグストアでネイルケア用品と新しいマニキュアを購入して、塗っていた。爪は今、金色のラメが散りばめられていて、少しざらついている。

マニキュアを塗ろう。

無造作に置いてあるトップコートを手に、ひとつひとつの爪にマニキュアを塗る。

なんでマニキュアなんだろう。ズタズタにしたい。そうか、これは自傷行為―過剰グルーミングの一種だ。脳内にエンドルフィンが染み出るのを想像する。そうしているうちに、あっというまに両手の爪は艶やかに輝いた。

塗ったばかりのトップコートを乾かすために、ソファに寝転がる。

ああ、死にたいなぁ。

ぼんやりと草原の中で、そう思った。そう思った私に、いやいや、と私が反論する。死にたいんじゃない、たぶん、つまらないとか、暇だとか、退屈だとか、寂しいだとか、そういう感情が死にたい気持ちの陰に隠れているだけで、死にたいわけじゃないはずだ。

草原の中に家族の顔を思い浮かべようとする。浮かばない。家族が悲しむだろう?そう伝えたかった考えが揺らぐ。どうして死にたい気持ちを無理やりこじつけてひん曲げようとしているんだ?死にたい気持ちは、純粋だ。消えたいんだ。終わりでいい。家族なんて知ったことか。感情なんてない。死にたいんだ。だってそういう病気でしょ。

マニキュアの臭いが漂う。この強い臭いがあっては無力なアロマディフューザーはもっとその力を失うだろう。マニキュアじゃあ、足りない。ふとももにマジックペンで「らくがき」という文字を書いてみたくなった。それもまた、自傷行為のひとつだろう。朝浴びたのに、もう一度シャワーを浴びたい。化粧を落として、髪を洗って、また化粧をして、髪をセットして。何のために?過剰グルーミングだ。つまるところ、落ち着かないんだ。多幸感を得たい。今の私には決定的に何かが足りていなくて、その何かを満たそうと脳が興奮しているんだ。

恐る恐る爪を触る。トップコートはおおむね乾いたようだった。私はパソコンの前に戻る。テーブルの上ではm相変わらずアロマディフューザーがシューシューと蒸気を上げている。ピンク、黄色、緑、青とLEDが光をゆっくりと遷移しながら、一定のリズムで、シュー、シューと。

草原にはマニキュアの臭いが漂っていた。ときどき風が葉をサラサラと揺らす。

所在ないとは、こういうことだな。所在ない。ここにはいない。ではどこに在るのだろうか。私はどこに行ったのか。それとも元々草原には誰もいなくて、その風景は誰も知らないのではないか。じゃあ草原を映しているのは誰なのか。所在ない。

今なら何をしてもいい未来に向かう気がする。心配はいらない。何だってできる。あんなことも、こんなことも…いや、どんなことだろう、何かしたいことはあるんだろうか。何かしたい。それが何もない。草原は草原しかない。空には雲一つ浮かんでいない、快晴だ。目印も何もない、丘の上に草っぱらが広がっているだけだ。どこにいこうにも、ここがどこなのかわからない。私は?私はなんだ。なんでここにいるんだ。足りない。何か決定的なものが足りない。欠けている。私とはなんだ。何をするべきなんだ。

なあ、せっかく買ったヨガマットが泣いてるぞ、やることがないなら筋トレでもしなよ。だめだ、からだが動かない。なにしてんだ、私は、なんで、泣きそうなんだ。なんで、泣けないんだ。

アロマディフューザーがシュー、と蒸気を出す。LEDをピンク色に光らせながら。ベルガモットの香りはしない。マニキュアの臭いが漂っている。

これが、病気のせいなら。病気である自分の姿なら。病気って何なんだ、何なんだ、くそ、どうなってんだ、泣けない、笑えない、落ち着かない、所在ない、苛立ちがこころに影を落としていく。空が暗くなる。草原も見えなくなる。

くそ、くそ、くそ。

悔しいのか?悲しいのか?つらいのか?ちがう、死にたい。死にたいんだ。ふとももを叩こうと手を振り上げる。どこに叩き付けるでもなく、膝を抱く。

ああ、いま、つらいんだ。これがつらいということか。

そのつかみかけた感覚を、失わないように、つらさを胸に抱く。つらい、つらい。つらい…。

甲子園、どうなったかな。どこからか浮かんできた。でもテレビをつけようと動くことはしない。スマホも手に取らない。多分帰宅した夫が教えてくれるだろう。

すこし、ベルガモットの香りが鼻腔をついた気がした。涙は目から出ず、中途半端な鼻水になってからだの外に出ようとする。スンスンと鼻をすすったあと、胸いっぱいに空気を吸い込んでみてたけれど、ベルガモットの香りは感じなかった。

いつまで、続くんだろうな。

「双極性障害は治るものではありません」

どこかで聞いた言葉がリフレインする。あそこだ、あそこのカウンセラーが言ったんだ。医者でもないのに、治らないと。ずっと抱えていくんだと。これを?

あと何十年かもわからない生涯、続くっていうのか。

こころの問いかけに、こたえるものはない。ただただ、部屋の中にはシューシューと音が響いているだけだった。

スポンサーリンク

こんな記事はいかがですか?

気分障害とのおつきあい 1

こんにちは、気分障害のアキです。 この記事では、うつ病と診断されてから利用してみて、健康のために役に立っている感のあったアプリを4種類厳選して紹介します。

医師と握手 2

こんにちは、気分障害のアキです。   私は機能不全家族の中で育ちました。 機能不全家族とはストレスが日常的に存在している家族状態のことです。 主に親から子どもへの虐待・ネグレクト(育児放棄) ...

休養 3

    こんにちは、気分障害のアキです。 うつが酷いときって一日中ベッドから動けない日もありますよね。 私はトイレとタバコ以外ほぼほぼ動けなくなります。 考えるエネルギーも動くエネ ...

財産 4

こんにちは、気分障害のアキです。 前回の記事では私の黒歴史を含むインターネット経歴をズケズケと書きました。 関連記事:アキのインターネット(黒)歴史   好きこそものの上手なれ じゃないです ...

ストレッチ 5

こんにちは、気分障害のアキです。 ネガティブな波に襲われているとき 頭のモヤモヤが晴れないとき わけもなく涙が出るとき そんなときは、何か作業に没頭することで、その作業中は雑念が飛びます。 でも、「何 ...

-こころの風景

Copyright© 気分障害とのおつきあい , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.